シズコさん - ビデオ - スウィートアイテム
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佐野さんの生きざまを通して、本当に大切なことをしみじみと教えられた
(2010-08-26)
佐野さんの子ども時代から母親の「シズコさん」をみとるまでの約六十年が、赤裸々に綴られている。どのページにも胸にずしんとくる言葉と、涙まじりの笑いが盛り込まれていて、何度ため息をもらしたことか。
この本で気づいたことは三つ。一つは佐野家の歴史や事件がわかり、それまで今一つ謎だったエッセイの意味が、ほぼ解明されたこと。二つめは、母に対してラブ&ヘイトの感情を抱きつつ、葛藤している娘はこの世にごまんといる、という真実。そして、三つめは、日本絵本界の最高傑作の一つ『100万回生きたねこ』で佐野さんは「だいきらい」という、およそ絵本には似つかわしくない言葉を連発しているけれど、そのパワーの源がわかったような気がしたこと……。
母娘の葛藤は、施設に入った母の老いが進めば進むほど、ますますリアルに迫ってくる。まるで、自分の未来を見せられているようだ。また、幼年期に兄と弟を失ったというエピソードにも、胸が痛んだ。戦後の混乱期とはいえ、年のあまり違わない兄と弟を立て続けに失うというのは、幼い佐野さんにとってどんなにダメージだったろう。それに、佐野さんの、おおらかで温かい人生観の裏には、障害を持つ親戚の存在があったのかもしれない、とも気づかされた。
「母を好きになれないという自責の念から解放されたことはなかった」こんなに重いことを文字にしてしまう佐野さん。そして、最後には「そちら側に……すぐ行くからね」と結んでいる……。「家族とは、非情な集団である」「少しずつ狂人の人が、ふつうなのだ」誰もがどこかで感じているのに、誰も教えてくれなかったことを語って、多くの人を救ってくれたのだから、佐野さんにはまだまだ行かないでもらいたい。そう祈らずにいられない。
まごうことなき傑作、娘からの母親とは
(2010-05-05)
これは、まごうことなき傑作です。
内容のすぱらしさ、親子のの重さは、
皆さんが熱く語られていますので、
触れる必要はないでしょう。
いくつか兄弟の記述の間違いや
錯誤がおきていたりします。
それも
佐野洋子さんの履歴と照らし合せて読むと、
連載中にお母さんが亡くなり、
心乱れていたのではないかと思わずにはいられません。
最初は読むのはきついです。
母親への恨み節です。
でも、それは母への執着の裏返しです。
読み進むにつれ、
お母様への思いの濃さ、執着が
ひたすらひたすら深まっていきます。
母とは何か。
息子にとっての母親とは全く違う
娘からの母親の厄介さと、かけがえのなさが
ここにはあります。
2008年のベストワンです。
哀しく切なく壮絶な愛の形
(2009-08-04)
佐野洋子。
子供の本を書きながら、子供心に彼女の絵本は底知れない怖さを感じるときがあった。
藤子不二雄Aのような。その理由がわかった気がする。
彼女が、何十年と抱えていた(これからも抱えていくと思うので
もはや一生もの)の苦しみを描ききったこの本には壮絶という言葉しか浮かばない。
彼女はそれでも親を思っていて(親を好きでない娘をもった母親に対しての同情心と
いう意味で)憎しみを描ききれてはいないと思う。
きっと佐野さんも葛藤だったと思う。ここまで書いているのに本当の憎しみを「母が
かわいそうだから」書けず、結果作品を書いているうちに思いを昇華させてしまった
ような流れになってしまっているから。事実そういう面もあるだろうけど、でももやもやが
晴れたわけではないはずだ。
でもこの本の行間にある言葉に出せない思い、それが手に取るように伝わってきた。
さすがだ。「日本を代表する絵本作家」だと思っていたが、それどころか実は鬼才
だと知った。
毒親に育てられていない人には、全く理解ができないような憎しみ。
なぜ愛されていないのに子供の側は「大嫌い」といいつつこんなにも親のフォローに
走ってしまうのかも不思議だろう。
今までのACの本やら、毒親・ボーダーの本だったら、自分自身が被害者or加害者で
ない場合は読む気にもならないし理解もできないようなものが多いが、この本なら
この子供の哀しみのニュアンスをきっと被害者以外にも伝えることができる本だと思う。
もしかしたら加害者にも伝えることができるかもしれない。
親の毒の部分が、薄いとも思ったが(佐野さんがきっと自分で削ってしまったの
だと思うが)その分、経験者にとっては「それでも書けない彼女の哀しみ」が伝わるし
全くそういう家庭を経験していない人にとっては入りやすいものになっていると思う。
シズコさん・・娘の苦しみを知ってほしかった
(2009-06-29)
言いたい放題、したい放題にふるまって娘を傷つけ続けた。そして今もなお、その悪事に気づかず無神経に電話をかけてきては、娘の傷ついた心を逆なでする。そんな実母を、嫌悪しながらも誰にも表現できず、こらえている娘の私。「シズコさん」を読んだら、隠していた心情を次々吐露されてしまって、心の平常を保つことができなかった。小さい頃に手を振り払われた記憶、期待していた温かい言葉の代わりに向けられた憎悪の視線。子供は一番大事にしてほしい人から、無視されたり、ひどい事を言われたりして心底傷ついているのです。シズコさんにも私の母にも、それを気づいてほしかった。
「100万回生きたねこ」を子供と朗読したとき、最初は意味がわからなかったけど、「シズコさん」を読んでから、すごく深い意味が伝わってきた。
愛されたかったんだよね。ボケる前に。
ライバルみたく、にらんでほしくなかったんだよね。
こちらはただ無垢な心で慕っているのに、どうしてそんなに嫌ってきたんだろう、母。
正気のうちに、ちゃんと「ごめんね」って言ってほしかった。
シズコさんと、うちの母とすごく重なった。
救われた本
(2008-12-17)
「100万回生きたねこ」で有名な、絵本作家・佐野洋子の実母との愛憎を書いたエッセイ。
「母を好きだったことは一度もない」
そう言い切る著者が描く、実母との愛憎。
横暴ともいえる強さ(と権力)を持った母が、どんどん年老いて、
弱く小さく、かわいらしくなっていく。
「母を愛せない」
自責の念を抱えて、その自責の念の分だけ責任を負ってきた著者。
「優しくない」
と、同居しない妹に責められ、老人ホームに母を入れる。
「地獄の沙汰も金次第」
「私は、自分の負い目の分だけ、高いお金を払った。
もし、愛情があったら、月数万の特養に入れても平気だっただろう」
冷静に淡々と、自分の心を描いていく著者。
段々、母の言葉が意味をなさなくなってくる。
意味をなさない分だけ、「降りてきた」言葉のような不思議さを持ち始める。
そして、母の死・・・。
やはり愛憎半ばだった実母を亡くし、今は、
認知症の義母との関係で葛藤している私は、この本に、救われた。
おおげさではなく・・・。


