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シズコさん

佐野 洋子

新潮社

グループ:Book

ランキング:9359

価格:¥ 1,470

発売日:2008-04

在庫あり。

シズコさん

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カスタマーレビュー

哀しく切なく壮絶な愛の形  (2009-08-04)

佐野洋子。
子供の本を書きながら、子供心に彼女の絵本は底知れない怖さを感じるときがあった。
藤子不二雄Aのような。その理由がわかった気がする。

彼女が、何十年と抱えていた(これからも抱えていくと思うので
もはや一生もの)の苦しみを描ききったこの本には壮絶という言葉しか浮かばない。

彼女はそれでも親を思っていて(親を好きでない娘をもった母親に対しての同情心と
いう意味で)憎しみを描ききれてはいないと思う。
きっと佐野さんも葛藤だったと思う。ここまで書いているのに本当の憎しみを「母が
かわいそうだから」書けず、結果作品を書いているうちに思いを昇華させてしまった
ような流れになってしまっているから。事実そういう面もあるだろうけど、でももやもやが
晴れたわけではないはずだ。

でもこの本の行間にある言葉に出せない思い、それが手に取るように伝わってきた。
さすがだ。「日本を代表する絵本作家」だと思っていたが、それどころか実は鬼才
だと知った。

毒親に育てられていない人には、全く理解ができないような憎しみ。
なぜ愛されていないのに子供の側は「大嫌い」といいつつこんなにも親のフォローに
走ってしまうのかも不思議だろう。

今までのACの本やら、毒親・ボーダーの本だったら、自分自身が被害者or加害者で
ない場合は読む気にもならないし理解もできないようなものが多いが、この本なら
この子供の哀しみのニュアンスをきっと被害者以外にも伝えることができる本だと思う。
もしかしたら加害者にも伝えることができるかもしれない。

親の毒の部分が、薄いとも思ったが(佐野さんがきっと自分で削ってしまったの
だと思うが)その分、経験者にとっては「それでも書けない彼女の哀しみ」が伝わるし
全くそういう家庭を経験していない人にとっては入りやすいものになっていると思う。



シズコさん・・娘の苦しみを知ってほしかった  (2009-06-29)
言いたい放題、したい放題にふるまって娘を傷つけ続けた。そして今もなお、その悪事に気づかず無神経に電話をかけてきては、娘の傷ついた心を逆なでする。そんな実母を、嫌悪しながらも誰にも表現できず、こらえている娘の私。「シズコさん」を読んだら、隠していた心情を次々吐露されてしまって、心の平常を保つことができなかった。小さい頃に手を振り払われた記憶、期待していた温かい言葉の代わりに向けられた憎悪の視線。子供は一番大事にしてほしい人から、無視されたり、ひどい事を言われたりして心底傷ついているのです。シズコさんにも私の母にも、それを気づいてほしかった。
「100万回生きたねこ」を子供と朗読したとき、最初は意味がわからなかったけど、「シズコさん」を読んでから、すごく深い意味が伝わってきた。
愛されたかったんだよね。ボケる前に。
ライバルみたく、にらんでほしくなかったんだよね。
こちらはただ無垢な心で慕っているのに、どうしてそんなに嫌ってきたんだろう、母。
正気のうちに、ちゃんと「ごめんね」って言ってほしかった。
シズコさんと、うちの母とすごく重なった。

救われた本  (2008-12-17)
「100万回生きたねこ」で有名な、絵本作家・佐野洋子の実母との愛憎を書いたエッセイ。


「母を好きだったことは一度もない」

そう言い切る著者が描く、実母との愛憎。
横暴ともいえる強さ(と権力)を持った母が、どんどん年老いて、
弱く小さく、かわいらしくなっていく。

「母を愛せない」
自責の念を抱えて、その自責の念の分だけ責任を負ってきた著者。
「優しくない」
と、同居しない妹に責められ、老人ホームに母を入れる。

「地獄の沙汰も金次第」
「私は、自分の負い目の分だけ、高いお金を払った。
 もし、愛情があったら、月数万の特養に入れても平気だっただろう」

冷静に淡々と、自分の心を描いていく著者。



段々、母の言葉が意味をなさなくなってくる。
意味をなさない分だけ、「降りてきた」言葉のような不思議さを持ち始める。
そして、母の死・・・。


やはり愛憎半ばだった実母を亡くし、今は、
認知症の義母との関係で葛藤している私は、この本に、救われた。
おおげさではなく・・・。

知らなかった  (2008-11-13)
佐野洋子さんのエッセイはほぼすべて目を通している。
でも、知らないことがたくさん書かれていた。
お母さんに手をぱちんをはたかれた話し、
口紅を塗るときの「ムッパッ」が好きだったこと、
お化粧をどこでも欠かさないことなどは何度か目にした話。

けれども、それ以外の知らないことがたくさん、たくさん書いてあった。

題名の「シズコさん」
お母さんじゃなくて、「シズコさん」というのが
著者と母との距離感をあらわしていると思う。

時を追って書いているのではなく、その時々で
過去のこと(幼少期から60歳くらいまでの過去)と
現在のお母さまの様子が書かれている。
14ほどの章ごとに幼少期だったり、学生時代だったり、
結婚していたり、別れていたり、新しいパートナーと出会っていたり。

そういうバラバラの書き方なのに、全体としてまとまりがあり、
びっくりするほどあけすけに、赤裸々に書いているのに、
なぜか露悪感がない。

「それ言っちゃうの?」というようなこともたくさん書かれているし
書かれた周囲の人の中には「どう思っているだろう?」というのもある。
弟が交通事故を起こした話や弟のお嫁さんのこと、
自分の実の母の悪態などもこれでもか、と書いてある。

でも、だからこそ、読む人の心にぐっと来るものがあるのだろう。
現在は分からないが、本の末に
乳がんが骨に転移した、私もすぐそっち(なくなったお母様のほう)に
行くよ、とあった。
遺書のような、自分の心の整理をつけたかったような、
そんな風にも感じた。

私自身は著者のような母との葛藤はない。
けれども、ぐっとつきささり、考え込み、
最後の方は涙で読めなかった。

ある意味、グロテスクかも知れない。
目を背けたくなるところも、あるかも知れない。

でも、オススメです。
私はどんどん読んで、でもまだあって、読み進めて
結末に少し救われました。

心の救済  (2008-10-13)
物言いの歯切れのよい著者にしてこのお母さん。
ユーモア混じりに強烈なエピソードが盛り込まれているが・・・。

子どものころの「虐待」を許せないまま、痴呆の母親を施設へ預ける著者。
母の方はといえば、痴呆がすすみ、まるくなってだんだん世俗の垢が落ちてゆくのだが、
だからこそ自責の念は増すばかりの著者。
こうして6年がたち、ある訪問日、母親のお布団にもぐりこみ、子守唄をうたっていると、
思いがけず「ごめんね、母さん」という言葉が飛び出す、
するとなんとシズコさんも「私のほうこそごめんなさい」と・・・。
何十年来の嫌悪感が、『氷山にお湯をぶっかけた様にとけていった・・』
母90、娘70歳にして・・・・。
遅すぎるようにもみえて、このタイミングはベストタイミングだったのだろう。
というか、ずい分時間を要したが、死に別れる前に氷解したことは、
奇跡的にもおもえて、わたしは素直に著者の気持ちに寄り添えて感動した。

そして、著者が、
子どものまま亡くなった兄や弟たちの記憶を、ずっと引き受けてきたことに、
同情してしまう。(この本では弟タダシの記憶が特に描かれている。著者の既刊エッセイ「わたしが妹だったとき」もよかった)

戦後の引き揚げ後の混乱の中、子沢山で、男の子三人を亡くし、
夫を亡くし、残った子達を育て上げた母シズコさんの苦労とたくましさのかげに
長女・洋子さんの複雑な責任感もみえるようだ。
シズコさんが、痴呆になってこの世の荷物をおろしたことで、
洋子さんもやっとその重荷から解き放たれたのかな・・・。

そして、母親と亡くなった兄弟のいる向こう側は、
洋子さんにとって、いずれ迎えてもらえる「静かで懐かしい」場所になった。
ありがとう、と洋子さんは書いている。安堵した。

連載エッセイの単行本化だからか、
重複エピソードもみられるが、母親、家族へのストレートなおもいが伝わってくる。





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