モダンタイムス 特別版 (Morning NOVELS) - - スウィートアイテム
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カスタマーレビュー ![]()
文章、イラスト共に楽しめました。
(2008-11-20)
疑り深く変に実行力ある妻や無茶苦茶な上司や強引な先輩がいる職場などで散々な日々を過ごす主人公、渡辺拓海。システムエンジニアの彼にあるプロジェクトの話が。前任の担当者は失踪したらしい。仕事自体は非常に簡単なのになぜ? 疑問を覚えた彼は同僚と他の担当者と共にあるプログラムを調べる。前任担当者の残した手がかりもあってそれはある単語を検索した人を特定するものらしいと判明。
「安藤商会」 安藤潤也という男が作ったという組織らしい名前
「播磨崎中学校」 それは「事件」があってマスコミを賑わせた学校の名前
事件の起きた学校の生徒らしき名前などもその対象らしいが、とりあえずこの二つの単語を組み合わせて検索した人が対象らしい。そして彼の周囲で検索した人が事件や事故に巻き込まれて……
あまりの読みやすさに一気に読んでしまいました。途中まで一体どういうストーリーの話なのかさっぱり分からなかったんですが、それらがどんどん形作られていきます。
「検索から、監視が始まる。」
このキャッチコピーがあまりにもぴったり。そして文章もいいのですが、イラストがまたいい。P130の勇気の量のイラスト……おいおい。読み応えある小説とそれにマッチしたイラストがふんだんに詰められていることを考えるとこの分厚さと値段は仕方ありません。ただ、強いて言うならカバーがもうちょっと何とかなら無かったかなあと。この材質、読んでいて皺が入りそうで怖いです。
万事解決ハッピーエンドというわけにはいかないのと、途中の拷問などのシーンの表現などから万人受けはしない作品だと思います。個人的に扱っているテーマですとか、はっとさせられる台詞があるなど、オススメしたくなる作品ですが。
『魔王』の続篇など書かれていますが、特に続篇というわけではないかと。強いて言うなら『呼吸』では書かれなかった潤也と詩織のその後などが分かるという感じでしょうか? 犬養の下の名前はでましたが、安藤の下の名前は出てきませんし。先に『魔王』『呼吸』を読んでいた方が、この世界の雰囲気に入りやすいのは確かです。
現在連載されている漫画『魔王』の影響もあって、この小説を読んだ後に小説の『魔王』と『呼吸』を読み直しました。そしたら『モダンタイムス』の登場人物らしき人がちらりと。手元にある方は是非確認を。
社会のシステムとかそのあたりは正直ぴんときませんでした。ですが検索については身近なものなので色々思うところがあります。今の生活、確かに何か分からないことがあればすぐネットで検索します。本などの購入を迷う時、Amazonのレビューなどを検索しますし。だけどそういった検索がもたらすものを知ったら――? ひたすらナットをしめる仕事をし、考えず洋服のボタンなどもしめようとするような、そんな機械の一部のようになるかもしれないとしたら――それでも検索する勇気はあるか?(本当にあの単語を検索してみたらあるHPがでてきましたけど)
漫画的ですね
(2008-11-17)
伊坂幸太郎の最新長編。
『魔王』の続編。ということで、やや社会派のテーマを取り上げた野心作ということになるのだろうが、国家とはなにか、システムとはなにか、人は何のために生きるのか、といったことを登場人物に語らせている箇所はちと軽すぎるし、センチメンタル過ぎる。少年漫画的だな。
小説としてはおもしろい。600ページ以上あるが、すぐに読んでしまった。伊坂幸太郎は、恋愛と殺人事件がなくてもおもしろい話が書けるというところがすごい。『アヒルと鴨』なんかもそうだったが、この話でも、よく知っている周りの人が実は重要な秘密を隠し持っている、というのが設定のキモである。単調な毎日をともにする隣人がなにか秘密を隠し持っている。語り手はいつの間にかその秘密の先に入り込んでいく。このあたりのリアリズムと冒険譚の接続がうまい。こういう話型は村上春樹なんかにも見られると思うが、伊坂幸太郎の方が味付けも文体も軽やかだね。軽いというか、コミカルで漫画的。漫画雑誌に連載されていたからかもしれない。漫画的小説ですね。
この特別版は絵がきれいでよかった。
伊坂の新作といえば、自然、ハードルが高くなるのは当然か
(2008-11-15)
ああ、伊坂さん・・・自分の作風を壊そうとするのは理解できるけれども。それがすべてネガティヴな方向に進路を取ってしまうとは。時代の空気にあわせて発表した「魔王」の続編?誰が期待する?そんなのは、伊坂さん、あなたの器量を超えているし、あなたの読者は求めてませんよ。説教したがりのオヤジにでもなりさがったのかな?世紀の大傑作「砂漠」に戻ってください。それと、映画化もいいですが、あんな「死神の精度」のようなバカげた映画を許していると、手痛いしっぺ返しが待ってますよ。余計なお世話ですが。(「アヒル・・・」は別です。瑛太くんに助けられましたもんね)
あるいは漫画的小説
(2008-11-09)
前半までは、期待感をもって読むことができましたが、
物語後半は、すこしがっかりしながら読みすすめていく感じかなあ。
伊坂作品の「しっくり」くる着地点がいまいち。
漫画的物語を小説的娯楽にもっていくことができてないかな。
『魔王』セットでみても、伊坂作品を初めて読む方には、やはりお勧めできません。
「システム」の検証を論文ではなく小説で
(2008-11-02)
”ページターナー”伊坂、復活の一幕である
本屋大賞にまでなった「ゴールデンスランバー」には感心しなかったが、あれはあれでローカリティとナショナリティを繋ぐ語り部である伊坂の第一期集大成にはなっている。そして本作ではいよいよ伊坂は仙台を出て政治と産業経済の中心、東京に舞台を移した。これは大きなことだ。ついでに「魔王」の続編にするために時制を近未来にまで移した(これには疑問がある。近未来はもっとローカリティが重要視されるのだから)
ポイントは、「システム」と「スキン」の関係にある。日本のシステムは第二次世界大戦後、60余年をかけて構築されている。昨今、その「システム」の綻び、ズサンさが目に付くが抜本的な変更はない。現政権は所詮、60余年に渡って構築されたシステムのスキン(皮膚)に過ぎない。ついては「システム」が変わらなければ政権が交代しても、所詮はスキンが変わったに過ぎないということでもある。G民党だろうとMン主党だろうと何も変わらないだろう、という我々の直感はスキンが変わってもシステムは変わらないだろうという虚無感に他ならない
このシステムとスキンの関係を見事にエンタテインメントの領域で表したのが村上春樹の「羊たちを巡る冒険」「ダンス ダンス ダンス」「ねじまき鳥クロニクル」で、その後を継ぐことになったのが伊坂の「魔王」と本作であると言える。村上は「システム」への違和感を描いたが、伊坂の時代になればその違和感を、もっと具体的に異物感として描くことができた
また読み解くためのキーワードはいくらでもある。伊坂が本作での「五反田」という登場人物についての言い訳をしている(巻末)が、主人公「渡辺」「五反田」はいずれも村上作品の主要な役割を持っているし、兎男には当然、「羊男」を見てとることも出来る。本作にあるようにそれは「偶然であって、偶然ではない」ことを示すものだ(が、兎男は映画「ドニー・ダーゴ」のキャラクターでもある)。直接的にも間接的にも伊坂は村上とスティーブン・キングの方法論を獲得した新星として、やたら滅多らにキーワードを蒔いている。キーワードがそれぞれに芽を出し、意味を成す。それは本作にある劇中小説「苺畑さようなら」(タイトルは”ライ麦”であり、内容はチャンドラーだ)がそこにキーワードを散りばめることで謎を解く仕組みになっているように、「モダンタイムス」全体にも”検索”すべき語に枚挙の暇はない
そろそろ賛否が分かれてもいい時期だが、賛否を揶揄するには一読が肝要
まずは読んでみることだ
僕は次の伊坂が、どこまで「システム」に切り込めるかを楽しみにしていよう
尚、この小説がコミック誌で連載・完結したことは一つの「システム」の変更だと思うが、小説の登場人物に予め「顔」があるのはどうか?と。「ティファニーで朝食を」を読む度にオードリーの顔を思い浮かべてしまうのはいまだに不便である


